みことばの糧1289

『復興の祈り』

ネヘミヤ記1:8~11

 イスラエルは、ずっと自分たちを守り導いてくださった主への背信により、アッシリア、バビロンによって滅ぼされ、神殿も破壊されてしまいました。そして、民は捕囚の身となり、遠くバビロンの地に連行されてしまいました。せっかく主の慈愛と加護によってエジプトの奴隷から解放され、地中海世界に栄光響き渡る王国の民となったのに、再び亡国の民となってしまったのです。

しかし、そのような絶望の淵、死の陰の谷にあってもダニエルのように主への信仰に生き抜いた少年たちがいました。その信仰によってバビロン、ペルシャの王たちの心が動かされ、異国の地にあってイスラエルの民は信頼を得、「ダニエルの主こそまことの神である」と、異国の王たちによって国中に告げ知らされることになったのです。まさに「万事を益とされる神」(ローマ書8:28)です。

また、エステル妃の命懸けの信仰によって絶滅の危機を乗り越えることができたのでした。エステル妃の信仰もまた王の心を大いに動かし、さらにイスラエルの民の信仰への尊敬の念を与えたのです。

この絶体絶命における一縷の信仰、一滴の信仰が、エルサレム再建という大いなる祝福へと繋がっていくのです。捕囚の民の一人であったネヘミヤはペルシャ・クセルクセス王の献酌官にまで登りつめていました。そして、王の方が、「顔色が悪いがどうしたのか?」と訊ねるほどの立場になっていたのです。ネヘミヤが「エルサレムを再建したいのです。わたしをエルサレムに帰らせてください」と懇願すると、王はその願いを聞き入れてくれたのです。

主なる神はアダムとエバに皮の衣を作って着せてあげて以来、ずっと加護と祝福を与え続けて下さっています。

それは今日までも続いており、私たちが信じる限り主の祝福は与えられるのです。ですから私たちは「主の慈しみをとこしえに歌う」のです。

「わたしの口は代々にあなたのまことを告げ知らせます。主よ、天があなたの驚くべき力を告白し、聖なるものがその集会であなたのまことを告白しますように。」(2026年聖句) 尽きることのない祝福、永遠の命までも与えてくださる主の慈しみ、主のまことを高らかに賛美して参りましょう。ハレルヤ!  

中島 聡牧師