『救い主降誕の恵み』
ルカによる福音書2:1~7
ルカによる福音書2章は皇帝アウグストゥスの勅令から始まります。この頃のローマ帝国はブリテン島からアジアにかけて大きく領地を広げていました。彼らは交通整備をし、上下水道の設置などインフラも整備していきます。人々は皇帝を崇め、皇帝が死んだら神になるのだと信じられていました。権力と名誉と富みに満ちたアウグストゥスと対照的にイエス様はローマの属州の小さなユダヤのベツレヘムという村の馬小屋に誕生します。キリスト教の歴史の意義は、全てこのアウグストゥスを象徴とするこの世の権力と神様の示す貧しさの中にある愛の対比に集約されています。
イエス様は命のパンとしてベツレヘム(パンの家)にお生まれになりました。ヨセフとマリアが宿を探した際、彼らには泊まる場所がありませんでした。しかたがなく飼い葉おけに、みどりごを寝かせたのです。それは当時でもあり得ないことでした。それだけ、イエス様を迎える場所がなかったのです。もし明日イエス様がおいでになるとしたら、私たちはイエス様をお迎えできるでしょうか。私たちは特にこのクリスマスの時期、忙しく過ごします。礼拝の準備、クリスマス会の準備、プレゼントの準備とめまぐるしく動きます。そんなときに、キリストが飢えた人として、渇いた人として、旅人として、裸の人として、病気の人として、牢にいる人としておいでになったら、私たちはその目の前にいる小さくされた者たちに何ができるでしょうか。イエス様はそんな様々なことに気をめぐらす私たちにも、小さな小さなスペースを見つけておいでになられるのです。そこがどんなに汚く、みすぼらしい場所でもです。このアドヴェントの時、主がわたしたちのためにお生まれになります。主がわたしたちと共におられます。そのことを覚えて、目の前に小さくされたキリストに手を差し伸べられる者となれますように主の導きを共に願い、この大いなる喜びを告げ知らす者となれますよう祈り、遣わされてまいりましょう。
田中尚美牧師