『神の国を見る恵み』
マルコによる福音書 10:13~16
子どもを祝福するイエス様を通して「神の国を見る」ことができる恵みに学んで参りましょう。
人々がイエス様に触れていただくために子どもたちを連れてきました。少子化の今だと、何とも有り難いことですが、弟子たちは「この人々を叱った」とあります。マタイ、マルコ、ルカ、三福音書とも、弟子たちが「叱った」ことを記録しています。
するとイエス様は、この弟子たちの態度に【憤って】、「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」と言われました。
弟子たちは、親と子どもたちを叱りました。すると、その面前で、自分たちがイエス様に叱られてしまったのです。
これは相当、恥ずかしいことです。聖書の、弟子たちのすごいところは、自分たちの恥、失敗をさらしてまで、私たちに真の信仰、その恵みを伝えてくれるところです。
ただ、イエス様が憤られたのには、理由があります。この出来事の前、弟子たちは「誰が一番偉いか」(マタイ18:1-5、マルコ9:33-37、ルカ9:46-48)について議論し合っていました。イエス様は、「一番先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」と諭され、一人の子どもを抱き上げて、「このような子供の一人を受け入れる者はわたしを受け入れるのである」と教えられたところだったからです。
さらに、その前に、「悪霊に取りつかれた子供を癒やせなかった」(マタイ17:19-20、マルコ9:14-29、ルカ9:37-43a)、「この子を助けてあげたい!」という隣人愛、信仰が無いことを指摘されていたからです。
さらに、さらに、弟子たちは、イエス様がもう二度も十字架の死を預言しておられるのに、人のために命を捨ててでも救いを宣べ伝えるのが信仰であることに全く気づいていなかったからです。
私たちは永遠の命、神の国を見てみたいものだと思います。それは、私たちが小さな子を受け入れ、祝福する時に垣間見えているのです。主日ごとに神の国を見ることができる恵みに感謝いたします。ハレルヤ!
中島 聡牧師