『主の加護は永遠なり』
ダニエル書6:26~29
ダニエル(ベルテシャツァル)、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの信仰による活躍は目覚ましいものでしたが、嫉妬の対象ともなってしまいました。王様の金の像を拝まなかったと、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴは「七倍も熱く燃やした炉」に投げ入れられましたが、神の子のような姿をした“第四の人”によって守られ、髪も衣服も焦げていなかったとあります。
そして、今また、ダニエルが「三十日間、王様以外に祈り願ってはならない」との勅令に背いたと「獅子の洞窟」に一夜、入れられましたが、神様が送ってくださった「天使」によって全く無事でありました。
このようにいかなる窮地においても、ダニエルたちは、唯一の主を信じ続けました。最初は、まだ少年だったのに、奴隷にされるかも知れないという絶望の捕囚の旅であったのに主を信じ貫いたわけです。
ですから、信仰とは、いかなる境遇にあろうとも、また小さな存在であったとしても、ただ一つ、主を信じる、主に祈る信仰があれば、必ず祝福を得ていくことができるのです。そして、それは自分が守られる、ということだけではない、ここが大切なのですね。ダニエルたちは、多くの窮地をくぐり抜け、次のペルシャの王にも仕えることになりました。
その功績が、後のキュロス王、アルタクセルクセス王、ダレイオス王の心を動かし、エズラ、ネヘミヤによる神殿再建へと繋がっていくわけです。
ペルシャ王キュロスは、イスラエルの民の帰還を許すばかりか、バビロンによって強奪されていた財宝のすべてを戻してあげるように命じ、これによってエルサレム神殿の再建が果たされたわけです。さらに、神の御子イエス・キリストが生まれた時、東の国(どう考えてもペルシャの国)から来た博士たちが、黄金、乳香、没薬を捧げて、御子のエジプトへの逃避行を助けることになったわけです。ダニエルたちの信仰が、エルサレム神殿の再建、御子の降誕を支えることになったのです。
信仰による主の加護、主の祝福は決して一時的なものではなく、私たちの思いと計画を遙かに超えて必要な時に大いなる実を結ぶのです。ハレルヤ!
中島 聡牧師