みことばの糧1297

『磔刑の主』

ヨハネによる福音書19:17~27 
今日の箇所には、十字架上の七つの言葉の三つ目に当たる「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です。」「見なさい。あなたの母です」(ヨハネ19:26-27)が出てきます。
この言葉を語られた主イエス、そして受け止めた人々の心中を考えれば、張り裂けそうな思いがあったことは間違いありません。主イエスはまさに命尽きる直前であり、遺される人々への遺言として、力を振り絞って語られたと思います。
そしてその言葉を受け止めたのは、「母とそのそばにいる愛する弟子」(ヨハネ19:26)でありました。「母」とはすなわち「マリア」であり、「愛する弟子」とはこの福音書を書き記したヨハネ自身であると言われます。
けれどもいくら臨終の場面であるからとて、母マリアに対して「婦人よ」と呼びかけるのは他人行儀な印象も受けます。しかし主イエスが母マリアに対して、「婦人よ」と呼びかけられたのはこれが初めてではありませんでした。
それはカナの婚礼に於ける奇蹟の場面です。ヨハネ2章にその出来事は記されていますが、婚礼の際、葡萄酒が無くなってしまった、とマリアは主イエスに伝えました。その時、「イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」」(ヨハネ2:4)と言われました。
けれども母マリアは主イエスの言葉を受け止め、「母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。」(ヨハネ2:5)のです。自分の子でありながらも、それを超えた存在であることを認め、服従する姿勢をマリアは持っています。
そして今一度、主イエスは「婦人よ」と語りかけられました。けれども今度は我が身に関わりあることであり、いよいよ「わたしの時が来た」ことを告げるのです。このあと主イエスは「成し遂げられた」(ヨハネ19:30)と語られるわけですが、まさに時が満ちて神さまの業、救いのご計画が実現をするのです。
現実として起こるのは、主イエスと母マリアとの死別です。しかしここでマリアは新しきを得ます。新しい家族を得るのです。それは、「ヨハネ」でありました。主イエスにその子として呼ばれるのは「愛する弟子ヨハネ」です。これが神さまの愛であると言えるでしょう。
神さまの愛の力は偉大です。主イエスが苦しみを受けられた時、その愛は色あせることなく、輝き続けました。十字架によって表された神さまの愛を、今また覚え、その愛に生きるものとなりましょう。
ハレルヤ!                      

片平貴宣牧師