みことばの糧1305

『聖霊を受けし聖隷』 

使徒言行録2:1~8 
聖霊降臨の恵み。天地創造の初め、万物の根源において「水の面」に神の霊がありました。人は神の「命の息(ルーアハ・霊)」によって生きる者となりました。このように聖霊の恵みは初めから被造物に注がれていたのです。
ところが、人は神の恵みを忘れ、不法をはびこらせてしまい、滅ぼされることになってしまいました。「乾いた地のすべてのもののうち、その鼻に命の息と霊のあるものはことごとく死んだ。」(創世記7:22)。しかし、神はノアの箱舟によって、新生の恵みをお与えになりました。その後も、ヨセフ(同41:38)、モーセ(民数記11:17、25)、ヨシュア(同27:18)、オトニエル(士師記3:10)、ギデオン(同6:34)、サウル(サムエル記上10:10)、ダビデ(同16:13)、ダニエル(ダニエル書4:5)、エリヤ、エリシャ、エレミヤ、イザヤ、エゼキエル、預言者は皆、神の霊によって神の言葉を語りました(イザヤ書48:16、エゼキエル書2:2)。
ところが、人は神の恵みを忘れ、思い上がる者が権力の座にすわり、飢えた人が空腹のままにされる世となってしまいました(ルカ1章:「マリアの賛歌」より)。
しかし、神はおとめマリアに聖霊を降し、救い主をお与えになりました。天使ガブリエルは「あなたは神から恵みをいただいた」と告げました。神、聖霊による恵みは増し加えられて注がれ続け、遂に最高の恵み、キリストによる全ての人の救いが与えられたのです。
ところが、その救いを弟子たちも、ユダヤ教指導者たちも理解することができずに、キリストを十字架に架けてしまいました。しかし!キリストは復活し、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」(使徒言行録1:8)と預言されたとおりに、五旬祭(過越祭から50日目の祭)の日に聖霊が与えられ、世界宣教に立ち向かって行く「力」が与えられたのです。
それは、神から与えられる「高い所からの力」(ルカ24:49)であり、「いと高き方の力があなたを包む」(ルカ1:35)と言われたように、弟子たちを赦された神の愛と、福音宣教に立ち向かう聖霊の力がわたしたちを包んでいる、ということなのです。
一つとなって祈り、聖霊の力によって永遠の命の恵みをこの地の宣べ伝えて参りましょう。ハレルヤ!

中島 聡牧師