『人に命を与えられた主』
創世記2:1~9
創世記2章の冒頭には、神様が第七の日を祝福し、聖別されたことが記されています。安息日は単なる休日ではなく、神様ご自身が創造の秩序の中に設けられた特別な日です。神様は六日間の創造から七日目を区別し、人が神と共に生きるための時として与えてくださいました。安息日は肉体の休息だけでなく、魂が神様に立ち帰るための日でもあります。
しかし歴史の中で、人々はしばしば安息日の本来の意味を見失い、厳しい規則として捉えるようになりました。そのような中でイエス様は「安息日は人のために定められた」と語られ、人を縛るためではなく生かすために与えられたものであることを示されました。
創世記2章7節には、神様が土の塵で人を造り、その鼻に命の息を吹き込まれたとあります。私たちは神様の命によって生かされる存在であり、神様の子として創造されました。けれども日々の忙しさや様々な問題の中で、そのことを忘れ、自分の価値や存在の意味を見失ってしまうことがあります。まるで再び土の塵に埋もれてしまうかのようです。
イザヤ書には、「わたしはあなたを癒し、休ませ、慰めをもってあなたを回復させよう」という主の約束が記されています。これは疲れ果て、無力感を覚える私たちに向けられた神様の招きの言葉です。安息日とはまさに、この回復の約束にあずかる時なのです。
礼拝は義務ではありません。神様に認めてもらうための時間でもありません。神の子として造られた私たちが父なる神のもとへ帰る時です。神様は今も私たち一人ひとりに「あなたはわたしの子だ」と呼びかけておられます。その声に耳を傾け、癒しと力をいただきながら、新しい一週間へ歩み出したいと思います。
田中尚美牧師