みことばの糧1326

『信仰による祝福』

創世記27:22~29
 神様はイサクの奉献によってアブラハムを赦し、イサクの命も助けてくださいました。イサクには双子の息子、兄エサウと弟ヤコブが与えられました。
祝福は順調に受け継がれていくかと思われましたが、父イサクはエサウを愛し、母リベカはヤコブを愛した(創世記25:28)という偏愛によって、家族、兄弟の関係は歪なものとなってしまいました。
ヤコブはエサウの長子の特権を奪いとり、遂に、母リベカの計略に従い、長子の祝福までも騙し取ってしまいました。
激怒したエサウは、父が死んだらヤコブを殺すことにしました。カインとアベルの二の舞です。
 ここで母リベカは、ヤコブの命を最優先とし、たとえ祝福を失うとなってもよいと、自分の生まれ故郷ハランの地に逃亡させました。
 本来なら、ここで祝福は絶えるはずですが、神様はヤコブにアブラハムに約束した祝福の継承を告げるのでした。なぜ、このようなことがなされたのでしょうか。
 それは、神様が私たちに与える祝福は、人の罪によって損なわれたり、無くなったりするものではないことを教えるためです。
 「見よ、主が傍らに立って言われた。『わたしは、あなたの父祖、アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしはあなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。』」(創世記28:13-15)
 ヤコブは完全な失意、絶望の淵にいました。しかし、この主の御告げを信じたのです。主の大いなる祝福は私たちが信じるならば必ず与えられ、成就するのです。
 アブラハム、イサク、ヤコブの族長を通して、主の祝福は決して人の力によるのではなく、主の愛によってもたらされるものであることが示されます。
 信仰とは、私たちに注がれる祝福を信じることです。そして、その祝福が、子孫に、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていき、やがて子孫からすべての人が祝福に入ることを信じ、永遠の命の御救いを宣べ伝えていくことなのです。主の祝福を次世代、すべての人へ。ハレルヤ! 

中島 聡牧師