みことばの糧1327

『信仰による誓願』

創世記28:16~22

 神様はアブラハムを赦され、イサクもイシュマエルも助けられ、祝福は無事に受け継がれることになりました。

しかし、今度はリベカの計略によって、エサウはヤコブ殺害を決意するに至り、またも祝福は途切れてしまうと思われましたが、神様はヤコブの枕元に降り立ち、「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。」と祝福を与えてくださったのでした。

ヤコブは、一言もイサクに対して、エサウに対して、神様に対して謝罪していません。悔い改めたとも記されていません。彼は、ただ逃亡し、一日目の夜、枕を選んで眠りについただけです。

しかし、神様はヤコブを赦し、「あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。

見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」と、アブラハムに約束してくださった祝福を何一つ欠けることなく再び与えてくださったのです。

もっと言えば、アダムに約束された最初の祝福をもう一度、与えてくださったのです。

「ヤコブは眠りから覚めて言った。『まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。』そして、恐れおののいて言った。『ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。』」

ヤコブの人生は、偏愛の家族関係の中で翻弄されていたと言えます。そして、父も兄も欺くという間違ったことをしてしまい、危うく「ヤコブ」という自分自身を、人生を失うところでした。

しかし、神様は救いの御手を差し伸べてくださいました。そして、「なんだ、ただの夢か」で終わらせるのではなく、

ヤコブは真摯に受けとめました。いつの時代も救いの言葉は夢物語のように思えるかも知れません。しかし、ヤコブは「まことに主はおられた」と信じ、礼拝を捧げ、誓いを立て、溢れる祝福を受け継ぐことになったのでした。私たちも主の祝福を受け継いで参りましょう。ハレルヤ! 

中島 聡牧師