みことばの糧1173

『主の弟子とされる恵み』

マルコによる福音書3章13節~19節 新約聖書p.65

イエス様が十二弟子を任命されたことに学びます。イエス様が宣教活動を開始され、どのような状況であったのかと言いますと、(マルコ1:28)「イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった」とあります。

多くの癒しの奇跡を行われたイエス様のもとに、すでに多くの従う者たちが集まっていたのです。誰の目から見ても、それは凄まじいほどの人気と言いますか、ユダヤの在り方を変えてしまうほどの様相であったわけです。

在り方を変えてしまうとは、時の指導体制であった、ユダヤ教指導者たちによる統治、それはサンヘドリン、大祭司を筆頭とする71人の議員によって構成されている最高法院による統治のことです。彼らは、救いに与るのはユダヤ人のみとしていましたし、その権威は自分たちにしか無いと考えていました。

ところが、イエス様は、すべての人が、ユダヤ人も異邦人も信じることによって救われる、神殿によらないバプテスマを授けていました。また、安息日であろうが次々と病を癒し、人々はイエス様に従っていきました。

そこで、(同3:6)「ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた」とある状況だったのです。ユダヤ教指導者たちによるイエスさまへの攻撃が鮮明になっていたわけです。

そのような中、イエス様は「これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。」とあります。弟子たちを任命するにあたっての“選考基準”は記されていませんが、選ばれた人たちを見ますと、シモン・ペトロ(岩)とその兄弟アンデレ、ヤコブとその兄弟ヨハネ(彼らはボアネルゲス「雷の子」と名付けられた)、まず漁師4人。フィリポ、バルトロマイ(またの名をナタナエル)、ここまでの6名はベトサイダ(漁村)の出身。

次にマタイ(レビ・取税人)、そして、トマス(「ディディモ(双子)」とも呼ばれる)、さらにアルファイの子ヤコブ(小ヤコブ)に、タダイ(ユダとも呼ばれます)、そしてシモン(熱心党)、この5名はガリラヤ地方出身。最後にイスカリオテのユダ(エルサレム出身)。

まあ相当、くせもあくも強い12人であることが分かります。

選考基準は分かりませんが、選考の理由ははっきりしています。「彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった。こうして十二人を任命された」と明記されています。これは、まるで「天使」です。

福音を宣べ伝え、悪霊をも追い出す権能を持っている。すごいことです。

上述の通り、ユダヤ教指導者の攻撃の手はどんどんエスカレートし、その矛先は弟子たちにも向けられていました。どうしてあなたがたは罪人と一緒に食事をするのか。どうして、安息日に麦の穂を摘んで食べるのか。一見ささいなことのように思われますが、当時の律法違反による罪は重いものであり、彼らはなんとかして、イエス様の命を奪おうとし、また弟子たちも狙っていました。

切り口は律法違反ですが、その根本原因は一言で言えば妬みです。妬みの大本は「どうして自分よりも。自分たちが一番のはずだ」という高慢な心です。これは誰もが陥る危険性のある罪です(『神曲』七つの大罪の第一番目)。

中世イギリスの文学作品において傑作とされる『失楽園』(『Paradise Lost』John Milton.1667)では、大天使であったルシファーが、この罪に陥る様を描いています。天使ですら妬みを覚えるのですね。

ルシファー最高位の天使でした。その名は「光をもたらす者」という意味であり、神に次ぐ地位にあったわけです。ところが、神様はイエス・キリストを一番尊いとされました。ルシファーは、自分よりもキリストが高位となったことに激しく嫉妬するのです。キリスト、人となり、貧しい馬小屋で産まれ、福音宣教のために天使ではなく、また人を選び、一体、どういうことだ。全てが許せないルシファーは、神に反逆を企て堕天使となってしまうわけです。

天使ですら「一番は自分だ」という罪に陥ってしまうのです。この罪は次々と争いを生み出していきます。今日の戦争も自国、自民族一番が根本にあります。

イエス様は「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、一番上になりたい者は皆の僕になりなさい」(マタイ20:26-27)と教えられました。神の御心、イエス様の御心は、私たちのために自らの命を献げるという、至上の愛、これこそ神の愛、アガペの愛であったわけですが、ルシファーも、時の指導者たちも理解できなかったのです。

危険な状況の中、選ばれし弟子となった十二人も偉いと思いますが、この点は理解することができませんでした。ですから一度、十字架を前に逃げ出してしまうわけです。しかし、それでも、イエス様は復活され、弟子たちをこの上なく愛し抜かれるのです。そして、遂にその神の愛を信じることができた弟子たちは皆、命掛けで福音を世界に宣べ伝えにいくのです。

別の文献ですが、天使がイエス様に尋ねるのですね。どうして、あなたは力に満ちた天使ではなく、どうしようにないような人間を選ばれたのですか? イエス様は、「見ているがよい。福音とは愛によってしか伝えられないことを。あなたがたは弱い存在と見るが、神の力は弱いところにこそ強く働くのである。」と答えられるのです。

そして、イエス様の言葉どおりに、神の愛、主の愛を信じ、身に帯びた弟子たちは、力強く福音を宣べ伝え、やがてローマの国教となるまでに、そして、世界に伝えられていったのです。

先週の水曜日、清水ヶ丘教会の創立者の一人と仰ぐメーヤー宣教師の召天記念礼拝が鶏鳴チャペルで行われました。毎年、同じくメーヤー宣教師を創立者と仰ぐ目白教会の古旗誠牧師が司式者となってくださり、メッセージを執り継いでくださっています。メーヤー宣教師、明治44年、1909年11月12日に来日され、戦前戦中戦後と、実に半世紀に及んでこの日本の地において福音を宣べ伝えられました。

戦時中は敵国民として、虐げられました。せっかく身を賭して、日本の地に福音を宣べ伝えていたのに、敵視される、憲兵隊によって厳しい監視下に置かれ、監禁状態にあったわです。そのような辛酸を覚えながらも、戦争が終わるやGHQの中枢に身を置き、いち早く焼け野原となった日本の復興と、多くの教会建設、日本聖書神学校の建設に身を捧げられたのです。

このような自らを捧げる信仰がイエス様の弟子たちから世界へ伝えられ、メーヤー宣教師に伝えられていたのですね。そして、そのメーヤー宣教師に信仰が至るには、その両輪の存在があるわけです。

古旗先生が教えてくださいましたが、メーヤー宣教師のお母様は、御自分がアメリカの地においていよいよ天に召される時、息子に、フランシス・メーヤーに知らせてはいけない、電報を打ってはならないと言われたのです。息子の宣教の妨げになるから、と言われたのです。

異国の地、敵国民であった日本のために、ひたすらに神の愛を、すべての人が救われるという信仰を宣べ伝えるために、すべてを忍ばれたのです。

あなたがたは仕えられる者ではなく、仕えるものとなりなさい。自分を愛するように隣人を愛しなさい。イエス様の御教えを信じた人々は、天使にも優る力をもって福音を宣べ伝えてきたのです。

今朝、教会にとって大切な召天者祈念礼拝を捧げます。メーヤー宣教師、ラング宣教師、倉持芳雄牧師、そして、雲のごとくの証人、先達がたの尊い信仰によって教会がこの地に建てられ、今日も主の御救い息づいているのです。感謝に尽きません。

主の弟子が増すならばこの世は平和とならん。どうか、父の、母の、祖父の、祖母の信仰を受け継ぎ、仕える者となり、この地に主の愛を宣べ伝えて参りましょう。

主の御名を誉め讃えます。それでは、召天者の祈念の祈祷を御捧げいたします。

ハレルヤ!中島 聡牧師