『十字架の道』
コリントの信徒への手紙第一 1章18節~25節
宗教改革者マルチンルターは、「聖書を絞り出して見よ、そうすれば血が出てくる。旧約を絞り出せば、獣の血が出るし、新約を絞り出せばイエスの血が出てくる。」と言いました。まさしく聖書はイエスキリストの血、十字架の血に関する書物なのです。
十字架にはどんな力があるのでしょうか?第一に、罪の問題を解決する力です。罪を犯した人間は永遠の審判と律法の怒りから自由になれない本質的に怒りの子です。旧約時代には贖罪の一つの方法として燔祭がありました。罪のない羊が、主人の罪を負って代わりに死ぬことで主人の罪が赦しを得るのです。洗礼のヨハネはイエス様をはじめて紹介するとき、「見よ、世の罪を負う子羊」と言いました。罪のないイエス様がヨルダン川で洗礼を受けられ、死なれることで人類に生きる道が出来たのです。ヘブライ人への手紙9:22、「血を流すことなしには罪の赦しはありえないのです。」イエス様の血が私達のすべての罪を解決するのです。
第二に、関係の回復の力です。神様と敵対することになった私たちが十字架によって、再び神様を「アッパ、お父さん」と呼ぶことが出来るようになったのです。ゴルゴダの丘の十字架は、神殿の垂れ幕を裂き、神様と私達の間をひとつにしてくださるのです。ガラテヤの信徒への手紙4:6「あなたがたが子であることは、神が『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。」
第三に、癒しの力です。何故、イエス様は頭に茨の冠を被られ、両手両足に釘を打ち込まれたのでしょうか?ローマの信徒への手紙5:8「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」
字を習った小学校1年生の子どもが、堂々と食卓の上にメモを残して学校に行きました。「お母さんへの請求書! お使い3回やった値段千円。お父さんの靴磨きの値段千円。ごみの分別収集の値段千円。合計3千円を息子の労苦の費用として払ってください。」息子は学校で一日中、幸せでした。学校を終えて家に帰ったら、請求した3千円があるか?ないか?ありました。きれいな封筒に一度も折りたたんだことのない、新しいお金3千円と小さなメモがあります。「愛する息子よ、見なさい!①お前を10か月の間、お腹の中に置いていた値段!=無料 ②お腹を切られて命をかけて生んだ値段!=無料 ③この間、食べさせ、着させ、育てるのにかかった値段!=無料 ④お前が病気の時、夜を徹して祈り、涙を流して看護した値段!=無料 ⑤これからもお前にかかるすべての費用も!=無料」 すまなく、恥ずかしくて、目元を濡らした息子がお母さんに返事を書きます。「もうすべて払われているので、この3千円はまたお母さんに返します。お父さん、お母さん、ごめんなさい。愛してるよ!」皆さん、2千年前、私達の罪の値段は十字架で既に完済されたのです。私達はその事実を認め、受け取るだけでいいのです。コリント一 1:18「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」
ハレルヤ!
林一友牧師 (水原城教会)